2023年、あけましておめでとうございます

日の出

新年、あけましておめでとうございます

本年もよろしくお願いいたします。

皆さんは、いかがお過ごしですか?

ボクは、昨日(大晦日)人生最後の伊勢神宮御礼詣りを済ませ、清々しく新年を迎えることができました。

「人生最後の」というのは・・・

昨年、税理士を引退し事業承継してからの数か月「頭の大掃除」のため、様々なことをゼロベースで整理してきましたが、長年「当たり前」となっていた習慣も見直すことになりました。

ずっと意識せず「当たり前」となっていた習慣のひとつである「参拝」ですが、よく考えれば「無宗教者」のボクの考えとは明らかに矛盾していたのです。

誤解を恐れずストレートに表現すれば、信じていないものに手を合わせるって「かなり変な行動」なわけです。

ボクは、神も仏も信じていません。

だったら、寺社まで「何をしに行ってるの?」と・・・数年前から「薄々」は感じていたのですが、ほかにも考えることがあるので、矛盾したまま、違和感を感じたまま、先送りにしていたんですね。

それを、今回、改めて「おかしい」と結論付け、今年からは参拝するのをやめることにした、というわけです。

とはいえ、10年以上「年に5回(四半期末+誕生日+年末)」も通ってたので「せめて、最後のご挨拶くらいはケジメをつけておこう」ということで、昨日、伊勢まで出向いた、ということです。

ちなみに、ボクは「無宗教者」ですが「無神論者」ではありません。「神様」を信じ、感じています。でも、それは「誰かの作り話に出てくる神様」ではなく、自分が納得できる神様を信じているわけです。

それは「太陽」です。

この世に神様がいるとすれば「太陽」しか考えられないのです。

すべての生命の起源であり、すべての生命に平等にエネルギーを注いでいる太陽こそが本来神様として感謝すべき対象なのでは?という考え方です。

太陽は、お布施やお賽銭を要求しません。他の太陽系の太陽と争ったりしません。国や民族に関係なく、あるいは、人間であろうと虫であろうと、公正で公平で平等な存在です。

これ以上の神様はいない、と考えると、既存の宗教の胡散臭さが際立ち、どんどん「無宗教者」の思いが強くなっていたのです。

新年早々、信者の方々からすると「バチアタリ」な話題ですが、昨日、人生最後の参拝でさっぱりし清々しい新年を迎えた、というご報告のためには、その理由を「近況報告」しなければ、と「概要」を書き連ねました。

ますます変人扱いされそうですが(笑)ウソやごまかしや建前で残りの人生を費やすのは本望でないので、今後はこんな話も書き残していこうと思っています。

ありのままで生きる、というのは時には勇気のいることですが、それくらいの勇気は持ち合わせているはずなので大丈夫でしょう(笑)。

改めて、本年もよろしくお願いいたします!

1961年11月16日京都市生まれ|職業:10名~100名規模の中小企業経営者のマネジメントコーチ&若手クリエーターのプロデュース|現在、モバイルによるワーケーション=京都~大阪~金沢~福岡の4か所を拠点として全国を放浪中|5時起床23時就寝+昼寝90分のルーティンが定着|朝6時と夕6時の12時間サイクル2食生活|よって会食はオンライン限定(ただし、日本酒5合を飲んでも平気な酒豪との会食を除く)|相変わらずプレゼントはするのももらうのもキライ|最近、記憶がどんどん消えていく&記憶できないことが加速度的に進行中で周りに迷惑をかけることが多くなってきたけど、それも人生と開き直っている|2031年、70歳の誕生日に完全引退予定(2024年1月更新)。